寺田 達也(Tatsuya Terada)


 「頭で考えるより先に体が動く…」「落ち着きがない…」こんな言葉そのままに東京・日野の地ですくすくと育ってきました。小さいころから外へ出かける機会は多かったのですが、この性分が災いしてケガばかり。ある時は頭を打ち、ある時はフジツボで足をザックリ、またあるときは飛び込んだ川で溺れ…。今思い返すとほんとうに「しょうもない」子どもでした。

 

 月日は経ち、大学生になって野外教育の団体「(公財)ひの社会教育センター」で子どもの自然体験ボランティアとして活動をしていた2008年に、たまたまチラシで手にした「Wilderness First Responder講習会(9日間)」に参加したのがWMAとの出会いでした。(当時は通訳がいるものの、外人のインストラクターによる英語の講習で、救急の勉強か英語の勉強かもわからないほどで…)後で知ったのはWMAが日本に入ってきて2年目の事でした。その時の感想は「なんかスゴイ知識技術を学んだ!」そんな程度だったように記憶しています。

 

 それから2年後の2010年、大きな雪崩事故に遭遇し救助に駆けつけることがありました。その時の現場状況と後の反省からWMA救急法の偉大さを痛感、それからも時を同じくして山での事故や傷病者に遭遇する機会がぐっと増え、日に日にWMAの価値を再認識すると共に、より多くの国内の人に伝えねば!という使命感が勝手に湧き出してきました。

 

 2012年に講習主催者として「Wilderness First Aid-TOKYO」という任意団体を設立し、WMA講習会を3年ほど首都圏にて招致開催。2015年からはWMAJの広報窓口に就任し、2008年に感じた衝撃を多くの人に共有すべく、ワークショップや講習会の場で広報活動やインストラクションに勤しんでいます。併せて自分のスキルを高めるために救助救急に関わる様々な講習会に参加し、トレーニングの機会を課しています。

 

  スキーパトロールではこれまで多数の傷病者救護の実践経験を積んできました。また、WMAJインストラクタートレーニングとして、年に一度医師と一緒にWALSコースへ参加し、救急救命士レベルのトレーニングを受けています。

 

 個人的には「やってみたい!」と思ったことは何でもやらないと気が済まない男で、アウトドアメーカーに勤務して店舗販売をしてみたり、ラフティングガイドの仕事に触れてみたり、トレッキングガイドなんかもさせてもらう機会がありました。

 

 2010年からは(公財)社会教育協会で自然学校や森のようちえん事業を扱う部署にも在籍し、子どもたちを連れて山川雪森へと「外で遊ぶこと」を主の仕事にしつつ、冬はスキー場でパトロールをしたり、都市型の救急法のインストラクターもしていたりと、「何の仕事をしてるの?」と聞かれると答え方に困るような日々を送っています。

 

 夏はシャワークライミングやカヤックなどの水あそび、冬はバックカントリースキーやら雪遊び、年間通して山を楽しみ、自然とのかかわりを満喫しています。

 

 どうも昔から海へのかかわりが少ないことに最近気づき、圏央道も繋がり「海が近くなった」ことから、今度はマリンスポーツにでも手を出すか…。とまたどうしようもないアイディアが広がっている今日この頃です。。